心を込めることの大事さ

常日頃から、作業員には「心を込めて作業しろ。」と伝えてあります。業務用エアコンクリーニングは、単に機械を相手にする清掃作業ですので、機械に心を込めるという意味がよくわからないと本心では考えている作業員もいると思います。

しかし実際は、心を込めて作業するのと、単に流れ作業のように作業するのとでは、その後の受注が大きく変わってきます。単に作業をしていると、いずれは受注も減り必ず淘汰されてしまうでしょう。

この意味がわからない人は、結局、そこまでの人だと諦めるしかない。

60歳近くになると、見えてくるものがあります。自分の行動というものは全て自分に帰ってくるということです。いい加減に作業したらその報いを受けるのも自分です。世の中とはそう決まっているのです。

ただ作業していたのでは、一切、改善というものがありません。作業に進歩がありません。心を込めて作業することで、「もっと違う方法があるのではないか?もっとよいやり方はないか?」と常に考えるようになります。

人間、変わらなければダメです。ただそれは本質的なことではありません。私自身、「人間なんて、18歳から一ミリも進歩しない。」と真剣に思っているからです。実際、私は基本的に18歳からなんら進歩しておりません。その時形成された人間性がそのまま年を取っているだけです。

ただ、仕事のやり方、作業のやり方は進歩することができます。クレーム処理、お客様とのコミュニケーション、それらを含めて仕事のやり方は進歩することができるのです。

そういう意味で、人間は変わることができるのです。誰もが一度、自分を見つめ直してみるのもいいかもしれません。もし、3年前と同じ方法、同じ道具、同じ手順で作業をしていたとしたら、その人はもう進歩のない淘汰される側の人かもしれないということです。

人は簡単に進歩しませんが、道具は進歩します。常に進歩した道具を使うこと、これは大事なことです。実際、医療の進歩とはつまり、医療機器の進歩であり、医者の技術、知識の進歩ではありません。そういうことです。もちろんそれもゼロではありませんが。

カーペット清掃をするなら、ポリッシャーよりもバルチャーのほうがいいに決まっています。掃除機よりもパイルブラシのほうがよいに決まっています。ならそれを導入するのは生き残るために当たり前のことだと思います。

また、同じ現場で他の人の作業を見ることも大事です。おそらく何かやり方は違うはずです。その時、自分とその人、どちらの作業のほうが良いかを考え、もし相手の方法のほうがよければ素直にすぐにその方法に切り替える事、これも大事な事です。多くに人はこれができない。頑なに自分のやり方に固着します。

それはつまり心を込めて作業していないからです。心を込めるという事は、常に最善の努力をするという事で、そのための方法を考えるという事です。

変わる事はとても大事な事だと私は思います。

 

法令順守も度がすぎると、国家はエネルギーを失うだろう。

いつから日本はこんなに法令順守の国になったのだろうか?

私が20代の頃は、学生は大学に入れば酒、タバコは当たり前だった。それが今では芸能人の場合は、大変な騒ぎになるくらいいけない事になっている。いいじゃないかそれくらいといつも思う。

覚せい剤ではないのだ。私の若い頃のアイドルが二人で線路で撮った写真をSNSにアップして、大変な問題だと騒がれた。いいじゃないかとその時も思った。

そのうち、芸能人が、赤信号を渡り無期限活動停止なんて事になるのではないだろうかと心配している。

タクシーの中でも暴行事件がよくTVで放送される。それを見るたびに私は不思議な気持ちになる。どつかれたら、どつき返せばいい。それが自然の事だ。記録されているからやられ放題、だがその後警察に犯人を捕まえてもらい一件落着にする。というのが現在のやり方だ。

だがこれが本当に正しいのだろうか?やられたらやり返す。やり返した方に罪はない。それが本当だと私は思う。喧嘩両成敗ではない。最初に仕掛けた方が悪いに決まっているではないか。

こんな事ばかりしていると国家はエネルギーを失うだろう。

例えば国家間で問題がおこっても、日本は我慢してやられ放題、後になって警察のような機関に解決してもらえば良い、みたいな考えになりかねない。しかし国家間には警察が存在しない。どの国も自国の利益のみが大事なだけなのだ。

やられてやり返さないと、国家間の争いではどつかれ損なだけだ。

昔の日本の方が理にかなった世界だった気がする。仇討ちが認められていたし、返り討ちも認められていた。やられたらやり返す、この方が当たり前だ。TVではないが100倍返しで十分なくらいだ。