高血圧の克服

約1ヶ月ほど前、数年ぶりにまともに血圧を測ったところ、185−125だった。何度か測った中には200を超える時もあった。この時は非常に焦った。

しかし絶対に薬は飲みたくない。まず体重を管理する為にも、1日1食を始めた。約2週間で体重は2キロ落ちた。血圧も160ー110くらいになった。

今度は徹底的な塩分カットを行った。朝、昼、1mgの塩も摂取しない。夜はそれなりに普通の食事をする。朝はバナナ、玉子焼き(何もつけずそのまま)、納豆(一切汁をつけない)で朝ごはんを食べた。昼は主に、ナッツとチョコレートで栄養補給。夜は普通に食事をした。これを2週間続けて、現在血圧は135−85まで戻った。

今後も努力を続けて、なんとか薬に頼らずに血圧を安定させたい。

フルサイズカメラの素晴らしさ

いよいよ、フルサイズカメラを使う様になった。ついでにレンズも一本、フルサイズ用を買った。PENTAXのK−1とタムロンの標準ズームである。

その表現力の素晴らしさに、声も出なかった。こんな世界があったとは思わなかった。

フルサイズカメラは重い。だが、そんな重さなどどうでもよくなるほどの素晴らしい表現力と描写力がある。約半年間、フルサイズかAPS-Cの上位グレードにしようかと悩んだことがいかにバカくさかったかと痛感した。

所詮、カメラは趣味だ。趣味は最終的に物欲である。極めなければ満足しない。だから最終的にいつかはフルサイズに行くのである。それならば、一瞬でも早く買っておいたほうがいいのだ。

フルサイズのセンサーが取り組む光の量は圧倒的だ。だから実に生き生きした写真が取れる。

カメラは奥が深い。これからもっともっと勉強して、素晴らしい写真が取れるようになりたい。カメラなど、i phoneので十分だという意見はよく聞く。ただ、一度でも一眼レフカメラの写真を撮ってしまうともう、二度と戻れない。

一眼レフカメラの写真は、見た風景以上に美しい風景を残してくれる。この一点に尽きる。

今後は美しい風景をすべて、フルサイズカメラで撮っていきたい。ワクワクしている。カメラが唯一の趣味となった。

 

忖度はなぜ悪いのか?

例えば今回、山口県は安部総理の地元であり、福岡は麻生大臣の地元である。だから絶対に新しい橋は作ってはいけない。というのは逆忖度になる。

忖度はだめだが、逆忖度はいいのか?要するに忖度などどうでもよく、その橋が本当に必要なのかどうかという事が一切議論されていない。

そもそも、忖度がだめなら、一切の陳情は受けられない。陳情は忖度によって決まるからだ。

ま〜ね〜、偉そうにインタビューする記者連中なんて、朝から晩まで、会社や上司に忖度しっぱなしだろ?上司のよく言う部下を怒るセリフが「全部言わなきゃお前はわからんのか?」というやつがある。俺の気持ちや状況を忖度しろよという事ですよね。

はっきり言おう。忖度は良い事である。賄賂が発生していない。中国を見てろ。賄賂のない陳情などおそらくないだろうよ。

日本の総理大臣の地元に橋を作る。いいじゃないかそれくらい。たとえ忖度でも。

新潟を見てみろ。いらないところまで橋がかかっている。田中角栄のおかげだ。忖度どころか賄賂や利益誘導だらけだっただろう。ところが今、田中角栄は非常に人気が出てきている。一体どういう事だ?

例えば選挙で現役議員は、過去の実績を訴える。過去の実績を民衆に示して、「忖度して私に入れてください」と言っているのだ。

そもそも賄賂は犯罪だが、忖度は犯罪ではない。忖度ごときで鬼の首をとったごとく批判し続ける野党には、未来はないだろうな。

織田信長、豊臣秀吉、徳川家康、皆、日本の英雄である。しかしその前に、彼らは皆人殺しである。殺人者だ。時代が違うといえばそれまでだが、人を殺した人間が尊敬されるなら、忖度くらいいいじゃないか。

日本という社会に忖度は必要だよ。

私はよく、引越しなり、家電の修理なり、ともかく職人さんに何か頼んだ時は、まず最初に、「ご苦労さん、美味しいものでもお昼に食べてくださいね。」と2000円をあげる事にしている。皆、「とんでもありません」と一旦は断るが、強引にポケットに入れると、ポケットから出して返してくる人は一人もいない。

そこにはいくつもの美しい忖度がある。受ける側もあげる側にもだ。それが日本だ。

 

 

 

テレビのつまらなさが加速している

毎回毎回、同じ面子のクイズ番組。こんなもの、再放送を見ているのと何も変わらない。

30本くらい撮り溜めして、ぐるぐる回してもおそらく視聴率は変わらないだろう。ワイドショーのつまらなさも、加速している。お笑い芸人他のコメンテーターが同じような事を言う。どの放送局も同じである。

私はそもそも、ワイドショーはやめたほうが良いと思う。狭い日本で、毎日毎日、2時間の放送枠を埋める事など、基本的に不可能だ。放送作家の苦労を考えると、かわいそうになる。なんの事件もない日の放送に向けて、放送作家のプレッシャーときたら、察して余りある。

だから、くだらない政治問題を長引かせるのだ。政治の問題は、永田町に取材に行けば良いので、そもそも経費がかからない。沖縄で事件があると飛行機代がバカにならないので、大変だ。また政治家は公人なのでなかなか名誉毀損で訴えられる事もない。一度起こったスキャンダルを喉から手が出るほど欲しがるのは、おそらく放送作家だろう。何も放送する事がなかったら、首になるのは間違いなし。最後の最後は多摩川のタマちゃんしかない日もある。

ネタをつくれと上から怒鳴られ、ノイローゼになるくらいなら、いつまでもいつまでも政治のスキャンダルを引っ張る事の素晴らしさに頼るしかなくなるのだ。

お昼は、昔のドラマの再放送で良いのだ。