一休み

私は20歳から還暦を迎えるまで休みなく働いてきた。4月還暦を迎え、丁度コロナの影響もあり一休みしようと思うようになった。

基本5月、6月は一切、私は現場に出ないことにした。歳を取ると体が動かなくなる。自分では大丈夫だと思って、体が言うことを聞かず、ミスが出るのが一番怖いからだ。

私は業務用エアコンクリーニングの現場をやめようと思う。

弊社最大の事業であるプラニソールMの販売、フロン漏洩点検、フィルター交換事業、この3つの事業にはまだ現役として頑張ろうと思っている。どれもミスが致命傷にならない事業ばかりだ。

業務用エアコンクリーニングは怖い。何が怖いかと言って、本当に一切の過失がなくエアコンにエラーが出た時、絶対に許されない現場があると言うことだ。デイサービスなどもそうだ。もう私にはそう言う現場はただただ怖い現場になってきた。厩舎もそうだ。クリニックだって同じ。

思い起こすともう、ずっとミスなどしていないし、基本的にエラーで迷惑をかけたこともない。それなのに、なぜこれほど怖いのだろうか?自分でもよくわからない。

これからは全てのリスクのある仕事は若い人に任せようと思う。老兵はただ、消え去るのみである。

引退

私は還暦となった。まさか自分が60歳になるとは思わなかった。

私は永遠に60にはならないと思っていたからだ。

60歳になり、いよいよ会社を誰かに引き継いでもらいたいと思うようになった。もちろん、子供に継がせるつもりは無い。

色々と考えることがあるが、3人くらいの候補がいる。みんな、基本的に正直な人間だ。私は正直な人間が好きだ。

社長にとって一番大事なことは、やはり誰を後継者にするかだと思う。

そんなに長い未来では無いと思う。

還暦

私は4月23日に還暦を迎えた。60歳である。これを機にいくつかの現場はやめようと思う。

本当は、10日くらい旅行にでも行こうかなと思っていたが、コロナのこの時期なので無理だろう。

60歳まで生きられたことには心から感謝したい。

人生は、短いな。後いくら長く生きられるとしてもせいぜい60年が限界だろう。

緊急事態宣言

もちろん、弊社にはおそらく一切の保証はないだろうと思う。中小零細企業は200万円、個人事業主は100万円なんて言っているけど、多分審査が厳しいと思う。

でも私は気にしない。こういう時のために、今まで企業の内部留保を積み上げてきたのだ。

これは戦争だ。戦争で爆弾が空から飛んできて家が燃えて親族が死んでも、第二次世界大戦の時、国は保証してくれたか?そんなもの何もなかった。結局、自分の身は自分でしか守れないのである。

しかもコロナウイルスは日本政府が生み出したものではない。日本政府だって、ある意味被害者なのだ。みんなが被害者だ。被害者同士で非難どうする?

国も頑張れよ、俺は自分で頑張るから。

私はそういうつもりで頑張っていこうと思う。

民主主義国家はコロナに勝てるのか?

コロナに勝つ方法は、実は簡単である。

1ヶ月間の完全自宅待機。病院、高齢者施設、スーパー以外の店舗は全て自粛。

これ以外にない。日本人全員1ヶ月のお休みだけど。これ以外はない。

チンタラちんたらやっていたら1年間以上の期間がかかり、経済は完全に疲弊してしまう。企業は生き残れるが個人は無理だ。

1ヶ月の完全自宅待機。これ以外はない。だが、この命令を民主主義国家は出せない。中国ならできる。

民主主義国家は、本当に素晴らしいと思うが、こういう時に強制力のある命令が出せない。これではコロナに勝てないのではないか?

ブームレンズにはそれなりの良さがあることを実感する。

まだまだ実力不足なので、fa limited3兄弟には手を出していないが、それなりのFAレンズは手に入れた。FA28F2,8  FA50F1.4 DA35F2.4 とりあえずこの3本で写真を撮っている。

K-1には主に、FA28を付けている。光の取り組み方が35より良いと思うからだ。広角だし景色を取るにはちょうどいいと思う。

ここにきて最初に手に入れたタムロンの28-75のズームを使うことも増えてきた。F2.8通しの明るいズームレンズだ。ボケも良いし、何と言っての人物をとるのは、このレンズのほうがなんだかいいような気もしてきた。毛穴までくっきりと写す単焦点よりも、すこしふんわりのズームのほうが温かみが出てくるからだ。

所有しているカメラはすべてPENTAXでK-1 K-S1  K-01 PENTAXーQである。

Qはマウントが違うが、これはこれで楽しいカメラだ。軽いし何といっても私にカメラのすばらしさをおしえてくれた最初のカメラである。

K-1はフルサイズだが、残りの二つはAPS-Cだ。本当は、この二つを売って(人にあげても良いかな)K-70が欲しいところだ。

タムロンには10-24の広角ズームがある。これがK-1にほぼ使える。これはびっくりした。ケラレはあるが、24ミリならほぼ問題なし、17ミリくらいからほぼ実用オーケーという感じである。

フルサイズカメラにAPS-C用のレンズを付けると、ものすごくくっきりと写る。相性がいいのかもしれない。

もうそろそろレンズもいらなくなってきた。すばらしいカメラのある人生を今後も歩んで行きたいと思う。

ウグイス嬢に日当3万円を払うこと。

私はとても良いことだと思う。私自身、協力してくれる人に対して、どこにも負けない値段を出すことだけを生き甲斐にしている人間からすると、これはすごくいい事のように思えるのだ。

法律は守らなければならない。でもそれは詐欺行為や、収賄贈賄のような事に対して当てはまると思う。ウグイス嬢の1票が欲しくて買収したわけではないだろう。

ただただ1日1.5万円で働いてもらうのが申し訳なくて3万円出したのだとすると、その人はいい人ではないのかな。

ちなみに私は1、5万円で丸々1日働くくらいなら、寝ていた方が良い。程よく断ります。

 

新しい MacBook Proを買う

価格コムにて、激安価格となっていたMacBook Proを買った。買ってすぐに電源を入れると、充電されないと言う初期不良であった。2018年度製のものだったので、保証はないのかなと覚悟したが、メーカー保証は、電源を入れてから1年間ということで、無料保証となった。

しかしAppleの対応は凄かった。電話にて連絡して症状を聞き配送して修理、そして返却という流れであったが、まず電話が全く混まなかった。日本のメーカーの場合、電話をかけてもいつまで経ってもつながらない。それが当たり前だと思っていたが、Appleは違っていた。さすがである。

担当の人と約30分近く話をした結果、やはり初期不良であることが判明し、引き取り、修理、配送となった。二日前に出して、二日で戻ってきた。おおよそ一週間という期間を大幅に短縮した修理工程であった。感動ものである。

日本のメーカーであれば、こんなことは不可能であったと思う。値段が高いということはいいこともあるのだと痛感した。サービスが違う。安心が違う。

しかし、500ギガのMacBook Proが15万円とは本当にお買い得であった。今このブログも新しいMacBook Proで書いている。タッチキーも前のものより浅く、少し慣れなかったが、だんだんと心地よくなってきている。

2014年度製のMacBook Proがまだバリバリ現役であったが、なぜ買ったかというと、もう一度自分で情熱を傾けてネットの作業をしてみたいと思ったからだ。そのためには、新しいノートブックを買って心機一転がんばってみようと思ったからだ。形から入るタイプの人間である。笑

何とFINAL CUT PROも買ってしまった。ワード、エクセルも入れた。完璧である。動画の編集を含めて、還暦をもうすぐ迎える身としては、もう一度全てにチャレンジしようと思う。

古いMacBook Proは、携帯用にしようと思う。いつ壊れてもいいので、外出先に持っていこうと思う。

Appleは本当に素晴らしいな。

新型コロナについて

野党は、対応の遅れを批判している。しかし、まだそれほど感染者がいなかった時点でもしも中国人の渡航を禁止したら一体どうなっただろうか?

観光業界、インバウンド業界、ホテル業界などから、半端ではない批判を浴び、野党も一斉に批判したことだろう。その措置によって、日本にほとんど感染者がいなかったとしたらどうなるだろう?

そこまでやる必要があったのか?それほどの被害ではないのに、経済的なダメージをどうしてくれるのだ!などの批判殺到であったろう。

結局、日本をパンデミックから救っても批判。救わなくても批判だ。

結局、民主主義には限界があるのだ。このままいくと中国はコロナを克服するだろう。民主主義国家には無理なことだ。コロナを克服する方法は簡単である。1ヶ月間、誰も家から出なければ良いのだ。米と酒さえあればなんとかなる。死ぬわけじゃない。戦争だと思えば、どうってことないだろう。テレビもあるし、電気、水も大丈夫なのだ。

もう、日本全国、1ヶ月間お休み。物流と販売のみ営業という形をとれば、問題ない。戦後70年、日本人も1ヶ月くらい休んでも良いのではないだろうか。

一部上場には、内部留保が500兆円もある。日本は全然大丈夫なのだ。

こんなに儲かっているのに、「もう笑いが止まりません。」と本当のことを言っている経営者を見たことがない。みんな、ボチボチですでおしまいである。儲かっているというと、人件費を上げなければならないからだと思う。

ある意味、不景気というのは、経営者にとってこれほど便利な言葉はないのだ。どんなに絶好調でも不景気と言っておけば、人件費は上げずに済む。だが、結局それこそが、日本を発展させない最も大きな原因になっていることに気がついていない。

愚かな事だと思う。

スターウォーズ エピソード9を語る。

別につまらない訳でもなんでもないが、スターウォーズという映画は、やはり4、5、6部の3部作で全てだと思った。

そもそもこの4、5、6部がなぜあれほどまでに心を躍らせたかというと、それは映像が画期的であったからだ。ローテクの時代にあの映像を作ったジョージ ルーカスは本当にすごかった。宇宙のあんな戦闘シーンはかつて見たことがなかった。

しかし、時は経ち、CGが進んだ現在、このレベルの映像は別の映画でもいくらでも見れるようになっている。映像における感動、これこそが最初のスターウォーズにはあったのだ。

物語が悪いとは思わないが、はっきり言って別に見なくてもよかった。それは1、2、3、7、8、9部全てに言える事だった。