損して得とれ

この世の中で一番大切なものは何と言っても運です。運命という言葉があります。人間の一生は運命、つまり運により決まる命ということです。

よく世間でがめついと言われる人がいます。しかし私は、その人が結局総合的には損をしていることは間違いないと確信しています。だから腹も立たない。他人から「あいつはがめついやつだな」なんて思われていたら運は全然貯まってきませんから。

目先の利益、今日の利益、そういうものよりももっと大事な物がある。人のために生きること、これをすると何と言っても感謝されます。人からの感謝が、いかに自分の運を引き上げるか。若い人はまだわからないかも知れませんが、これが運を貯める一番の方法です。

運が数値が貯まってくると、自分でもびっくりするくらいの良いことが向こうから舞い込んできます。そういう経験を何度かすることで、やっと運の意味が私もわかってきました。50歳を過ぎてからくらいでしょうか。

人のために生きる。自分は縁の下の力持ちになって、皆さんに尽くしたい。よくこういうことをいう人がいるが、実はそういう人に限って、人を踏み台にしてのし上がっていく。

私が言う人のために生きるというのは、結局はそれが自分の為だからだという意味だ。他人のための人生ではないのだ。ただただ自己犠牲の精神では、絶対に続かない。その先に、結局それが全て自分に何倍にもなって帰ってくるという、下心が大事なのだ。人間なのだからそれでいいと思う。

そう考えると、私の言っていることは説得力があると思う。人のために生きることが、人が喜ぶように自分を犠牲にすることが、結局はすべて自分自身のためになる。これは本当の事です。

 

 

還暦を迎える準備

私は来年、60歳になる。皆からは社長はとても若く見える。まだ50歳で通用すると言われるが、所詮髪の毛を白髪染めして黒くしているからだろう。中身は完全な60歳の人間である。

無理も効かなくなっているし、頭も硬くなってきた。人間は12年というサイクルを5回生きると、もう一度生まれ変わる。そんな気がする。

還暦を前に性格がかなり変わってきた気がする。ともかく時間がない。相手の事を考えて言っていい事悪い事なんて考えている暇がない。言いたい事は全部言う。やりたい事はやる。やりたくない事はやらない。ただそれだけの生き方に変えようと思うようになってきた。

あと半年、現場からの私自身の撤退を考えている。自分は経営に専念しようと思う。見積もりにはまだ行けるとは思うが、それだって若い営業の方が良いに決まっている。

日常清掃の案件も今後はもっと増やしていきたい。働く人が元気になれるような給料体系をもっときちんと確立したい。例えば、日常の現場はある意味歩合的な部分があるが、これを毎年上げていき、10年かけて、ほぼ会社の利益はなくなるくらいまで歩合を上げてあげる。そうすれば作業員は皆、一生懸命頑張ると思う。

エアコンのメンテナンス、洗浄、フロンガス点検、フィルター清掃も全て任せていこう。

 

我がゴルフ人生に、悔いなし。

人生最後と決めたゴルフに行った。練習も全くせず、1年ぶりのコースだった。スコアは113、場所は東名厚木カントリーだった。

なんとドライバーが最初のホール以外、ほぼまっすぐに飛んでくれた。野球スイングだった。ショートアイアンなどの距離感が全くダメであったのと、ショートスイングをしなかったことでスコアは全くダメだったが、とても満足なゴルフだった。

もう良い。みんなに、また行こうとさ誘ってもらったが、もう良い。打ち止めだ。ゴルフがつまらない。飛ばないゴルフは本当につまらない。

せめてドライバーが230ヤードくらい飛んでくれたらゴルフは面白うのだろうが、自分の飛距離ではそもそもゴルフを楽しめない。

それに時間もない。ゴルフよりも今は仕事の方がはるかにやりがいがある。面白い。

今は人生最後の仕事にかける時だ。70歳くらいになったら今度は健康のために、またゴルフを始めるかもしれない。でも、残された最後の10年、仕事に邁進したい。悔いを残さないようにしたい。

我がゴルフ人生には、一点の悔いもない。たった一度だけど86というスコアも出した。

ゴルフを再開して約10年、思えばとても楽しい、時間だった。一緒に回ってくれたプレーヤーに感謝したい。

日露平和条約など、夢のまた夢であるということ

なぜならば、ロシアにとって日本は危険な国ではないからだ。

憲法9条があるので、日本がロシアに武力で攻撃することはない。ロシアは安全なのである。その国がなんのために日本と平和条約を結ぶ必要があるのだ?

日本が核兵器を保有し、強い軍隊を持ち何かの時は、「いつでもやってやるぞ。」という強い気持ちを持っていれば、ロシアは平和条約を結ぶ可能性がある。誰だって戦争はしたくないからだ。

そもそも日本は、ロシアに勝った唯一の国である。日本人が自信を取り戻し、真正面から取り組めば、相手もそれなりの対応に変わるはずだ。

どこかの党は憲法9条を守ると言っている。しかし、拉致被害者を奪還できないのは憲法9条があるため武力行使できないからだ。国民の生命と財産よりも、憲法9条の方がどうやら大事らしい。おかしな考え方だと思う。

そもそもこの憲法は日本人が作ったものではない。戦勝国アメリカに押し付けられたものである。それを頑なに「守れ」と声をあげている政党は、日本のことを真剣に考えているのだろうか?と疑いを持ちたくなる。

 

 

高血圧の克服

約1ヶ月ほど前、数年ぶりにまともに血圧を測ったところ、185−125だった。何度か測った中には200を超える時もあった。この時は非常に焦った。

しかし絶対に薬は飲みたくない。まず体重を管理する為にも、1日1食を始めた。約2週間で体重は2キロ落ちた。血圧も160ー110くらいになった。

今度は徹底的な塩分カットを行った。朝、昼、1mgの塩も摂取しない。夜はそれなりに普通の食事をする。朝はバナナ、玉子焼き(何もつけずそのまま)、納豆(一切汁をつけない)で朝ごはんを食べた。昼は主に、ナッツとチョコレートで栄養補給。夜は普通に食事をした。これを2週間続けて、現在血圧は135−85まで戻った。

今後も努力を続けて、なんとか薬に頼らずに血圧を安定させたい。

フルサイズカメラの素晴らしさ

いよいよ、フルサイズカメラを使う様になった。ついでにレンズも一本、フルサイズ用を買った。PENTAXのK−1とタムロンの標準ズームである。

その表現力の素晴らしさに、声も出なかった。こんな世界があったとは思わなかった。

フルサイズカメラは重い。だが、そんな重さなどどうでもよくなるほどの素晴らしい表現力と描写力がある。約半年間、フルサイズかAPS-Cの上位グレードにしようかと悩んだことがいかにバカくさかったかと痛感した。

所詮、カメラは趣味だ。趣味は最終的に物欲である。極めなければ満足しない。だから最終的にいつかはフルサイズに行くのである。それならば、一瞬でも早く買っておいたほうがいいのだ。

フルサイズのセンサーが取り組む光の量は圧倒的だ。だから実に生き生きした写真が取れる。

カメラは奥が深い。これからもっともっと勉強して、素晴らしい写真が取れるようになりたい。カメラなど、i phoneので十分だという意見はよく聞く。ただ、一度でも一眼レフカメラの写真を撮ってしまうともう、二度と戻れない。

一眼レフカメラの写真は、見た風景以上に美しい風景を残してくれる。この一点に尽きる。

今後は美しい風景をすべて、フルサイズカメラで撮っていきたい。ワクワクしている。カメラが唯一の趣味となった。

 

忖度はなぜ悪いのか?

例えば今回、山口県は安部総理の地元であり、福岡は麻生大臣の地元である。だから絶対に新しい橋は作ってはいけない。というのは逆忖度になる。

忖度はだめだが、逆忖度はいいのか?要するに忖度などどうでもよく、その橋が本当に必要なのかどうかという事が一切議論されていない。

そもそも、忖度がだめなら、一切の陳情は受けられない。陳情は忖度によって決まるからだ。

ま〜ね〜、偉そうにインタビューする記者連中なんて、朝から晩まで、会社や上司に忖度しっぱなしだろ?上司のよく言う部下を怒るセリフが「全部言わなきゃお前はわからんのか?」というやつがある。俺の気持ちや状況を忖度しろよという事ですよね。

はっきり言おう。忖度は良い事である。賄賂が発生していない。中国を見てろ。賄賂のない陳情などおそらくないだろうよ。

日本の総理大臣の地元に橋を作る。いいじゃないかそれくらい。たとえ忖度でも。

新潟を見てみろ。いらないところまで橋がかかっている。田中角栄のおかげだ。忖度どころか賄賂や利益誘導だらけだっただろう。ところが今、田中角栄は非常に人気が出てきている。一体どういう事だ?

例えば選挙で現役議員は、過去の実績を訴える。過去の実績を民衆に示して、「忖度して私に入れてください」と言っているのだ。

そもそも賄賂は犯罪だが、忖度は犯罪ではない。忖度ごときで鬼の首をとったごとく批判し続ける野党には、未来はないだろうな。

織田信長、豊臣秀吉、徳川家康、皆、日本の英雄である。しかしその前に、彼らは皆人殺しである。殺人者だ。時代が違うといえばそれまでだが、人を殺した人間が尊敬されるなら、忖度くらいいいじゃないか。

日本という社会に忖度は必要だよ。

私はよく、引越しなり、家電の修理なり、ともかく職人さんに何か頼んだ時は、まず最初に、「ご苦労さん、美味しいものでもお昼に食べてくださいね。」と2000円をあげる事にしている。皆、「とんでもありません」と一旦は断るが、強引にポケットに入れると、ポケットから出して返してくる人は一人もいない。

そこにはいくつもの美しい忖度がある。受ける側もあげる側にもだ。それが日本だ。

 

 

 

テレビのつまらなさが加速している

毎回毎回、同じ面子のクイズ番組。こんなもの、再放送を見ているのと何も変わらない。

30本くらい撮り溜めして、ぐるぐる回してもおそらく視聴率は変わらないだろう。ワイドショーのつまらなさも、加速している。お笑い芸人他のコメンテーターが同じような事を言う。どの放送局も同じである。

私はそもそも、ワイドショーはやめたほうが良いと思う。狭い日本で、毎日毎日、2時間の放送枠を埋める事など、基本的に不可能だ。放送作家の苦労を考えると、かわいそうになる。なんの事件もない日の放送に向けて、放送作家のプレッシャーときたら、察して余りある。

だから、くだらない政治問題を長引かせるのだ。政治の問題は、永田町に取材に行けば良いので、そもそも経費がかからない。沖縄で事件があると飛行機代がバカにならないので、大変だ。また政治家は公人なのでなかなか名誉毀損で訴えられる事もない。一度起こったスキャンダルを喉から手が出るほど欲しがるのは、おそらく放送作家だろう。何も放送する事がなかったら、首になるのは間違いなし。最後の最後は多摩川のタマちゃんしかない日もある。

ネタをつくれと上から怒鳴られ、ノイローゼになるくらいなら、いつまでもいつまでも政治のスキャンダルを引っ張る事の素晴らしさに頼るしかなくなるのだ。

お昼は、昔のドラマの再放送で良いのだ。

 

1日1食、11日目

運動はしていたので、全くと言って良いほど、血圧、体重に関してはチェックをしなかった。大丈夫だと思っていた。

1年ぶりくらいにふと血圧を測ったら、180−120 何度か測ったら上が200を超えた。思わず、やばいと思った。

最近、夜心臓がバクバクする事があったが、もしかしたらこれが原因だったかと焦った。その日から1日1食を実践する事にした。

体重はその時61キロ、血圧は書いた通りだ。

1日1食は私には実に理にかなった健康法である。過去にも一度、10日間やった事があったが、効果抜群であった。

今回、昨日で11日目となったが、体重は58、8キロ、血圧はおおよそ140−90になった。お風呂上がりの時などは115−75である。ほぼ完璧。

まさに恐るべし1日1食である。夜の睡眠時間も6時間あれば問題なくなった。昨日より朝、1日分の野菜ジュースを二本飲む事にした。しばらくこれを続けようと思う。

自分の腹がまだ出ているのが気に入らない。理想的な体になりたい。いつまでも動ける体でいたい。そのためには、節制してでも自分を管理しなければと思う。

血圧は、自分でコントロールできる。私は死んでも降圧剤を飲むつもりはない。あんなもの体に良いわけがない。自分の体を一生、薬で管理するなどいやなこった。

1ヶ月も続ければ、血圧はおそらく120−75になるだろう。体重もおそらく56キロ台になるはずだ。そうなったら、完璧な1日1食はやめようと思う。もう1日3食に戻すつもりはないが、たまには2食の日も作ろうと思う。何事も無理はよくない。

今は、死ぬか1日1食かという状態なので、1日1食を選んでいる。もう少し続けるつもりだ。

残りの人生を常に頭の中に入れておく事

私はもうすぐ59歳になる。そしていよいよ来年は60歳だ。もう自分が60歳になった時の事をまず考えておこうと思う。

そうすると、まともに現場で働けるのはせいぜい5年、よくても10年だろう。もちろん、今よりも能力的に落ちる事は間違いない。

私は何歳まで生きるのだろうか?何歳まで働くのだろうか?今まで漠然と自分はいつか死ぬし、いつか仕事をやめると思っていたが、それをもっと具体的に考えるようになった。

死ぬのは少し怖いのであまり考えないとしても、笑、仕事はどんなに長くてもあと10年だろう。まともには考えるとあと5年か。30歳、40歳の頃は、自分はいつまで働くのだろうかと思っていたが、今60歳を前にして自分の残りの仕事人生がいかに短いかという事にようやく気がつくようになった。

そして私は決断した事がある。残りの仕事人生は信じられないくらい短い。ならばその短い時間の中で1秒だって嫌な思いをしたり、心配したりするのは嫌だと思うようになった。要するに老人はだんだんわがままになってくるというやつだ。

その意味も今理解できるようになってきた。悲しい事かもしれない。今まで人に対して遠慮して言えなかった事も、「どうせ短い人生だ」という事でずけずえ言えるようになってきた。逆に良い事かもしれない。

ともかく、今年から私は大きく変わった。それを飛躍の一年と捉えるようにしていきたいと思う。